2006年10月03日
20061001 徳島城を再考する-石垣調査・レーダー探査成果を中心に-
徳島市立徳島城博物館では現在、築城420年・国指定史跡記念企画展「徳島城とその時代」が開催中です。で、その会期中のイベントとして表題のシンポジウムが開催されました。
という訳で、長期ロードの最後は徳島。
石垣の観察から出てきた仮説を、遺跡探査でどう応えられるのか、というところが主題。
石垣の権威のK先生の話を非常に興味深く拝聴。
最後の質疑応答や、パネラーの方々の話がもう少し聞きたかったな、という位盛り上がって終了。
会場一杯に詰めかけた方々の質問を聞いていて、熱心な方が多いことを実感しました。こういう人達を大切にしないと・・・。
投稿者 あかねだ : 23:20 | コメント (0) | トラックバック
20060922 転戦開始
今日も石岡。
本来、平面直角座標を意識した座標を採りたいのだけれど、それは難しい・・・。
かわりに、探査の試行を広めにすることに。
ここで、ある程度の成果を出して、本格的な探査に進むか判断する材料にしていただこうという狙い。
Mさんの機器も順調に動いている模様。こちらも同じ範囲で試行。
機器の違いによる色々な比較、特に作業上の留意点を比較できそう。
で、昼過ぎに茨狼さんとお別れして一路佐倉へ。
我孫子乗換えで懐かしい印旛沼の景色を見ながら成田へ、京成線に乗り換えて佐倉へ。
実は、佐倉はあまりいい想い出が無い。
高校生の頃、高崎川の土手で殴り合いの喧嘩になって、結局ボコにされたし。
ともあれ、歴博に。
ここで、いつもお世話になっている遼寧省の先生方と再会。
田先生の講演を途中から拝聴する。
歴博のS先生、Uさん、東博のFさん、栃木のUさん、我が職場のTさんとそうそうたる面々。どうも、場違いな場に来てしまった度満点。
で、佐倉の駅前で親睦を深める。が、眠くなって帰りの電車で爆睡。上野着。
ちょっと元気が復活したので先生方をホテルまで案内して、Fさんと近くの居酒屋へ。なんだかんだと話(実はほとんど憶えていないけれど、どうせ、合併独法についての持論を聞いてもらったに違いない)。いいところで、駅まで行くと、ホームが閉まってた・・・2:00前。
Fさん、生きてますか?
投稿者 あかねだ : 21:54 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月25日
20060921 石岡にお邪魔
朝東京発。石岡へ。
初めて常磐線の特急に乗りました。
特急ホームの存在に気づくのが遅れてかなり焦りました。
で、石岡駅で茨狼さんと合流。ネットで盛り上がった?話を元に、今回は、無理を言って瓦窯の探査をさせていただくことになったのです。
興味の点から、探査をするのであれば、やはり、生産遺跡と集落に力点をおいてみたい。
本格的な調査の前に、現地の様子と、一部を計測してみよう、ということでTSとフラックスゲート式の
磁気探査機を準備してお邪魔しました。
先週末、つくばに職場のあるMさんに近所に行きますよ、と電話をしたところ、
「新しい機械を持って応援に行きますが、いいですか?」とのこと。勿論OK。ありがたい。
市内の遺跡の位置などのレクチャーを受けつつ、まずは現地へ。
窯の残っている状況がすごい。
あまりの遺構の残存の良さに呆然。
大学院の同期のS君が調査していた香川県の宗吉窯を見せてもらった時以来の驚き。
天井が落ちることも無く、焚口から煙道まで綺麗に残っている。
GPR持ってくりゃ面白かったかな。
ここで役場にお邪魔して昼食。
噂のカツ丼を堪能。おいしい。
現地へ戻って、まずはTSで基準点測量。が、かつての測量後におそらく植えられた木が大きくなっていて、測量不可。
仕方なく、任意座標での測量に変更する。
Mさんの機器で探査。
が、ちょっと怪しい結果が。
「明日もやります!」
というMさんの宣言で本日の作業は終了。
投稿者 あかねだ : 00:37 | コメント (8) | トラックバック
2006年09月13日
20060913 東方官衙に挑戦
昨日で研修講師の担当は終了しました。研修生の皆様、まだ先は長いですが、体に気をつけて頑張ってくださいね。

今週は、あわせてTY大学のS先生はじめとする皆さんに平城宮東方官衙で探査の実験をしていただいています。本来、もっとちゃんと準備をしておくべき人間がいい加減で、月曜から色々ばたばたしてしまったにも関わらず、Nさん、O室長はじめ先輩方のカバーで、何とか乗り切りました。本当に、感謝することしきり。一番の下っ端が働いておりません。
さて、今日は雨&風。悪条件の中、シートで基地を作りつつ実験が進んでいました。時々お邪魔。
で、現地は草ぼうぼうのところが。9月の頭に見たときは大したことないと思っていたものの、ここ一週間で一気にのびた、とは管理をしている人の言。

急遽、一人草刈機を振り回す羽目に。結構楽しんでいたりして。
やはり、現場はいいですね。
この地域、東区朝堂院と東院にはさまれた地域で、遺物山盛りの恐怖の溝、東大溝SD2700はじめ、築地あり、礎石建物あり、塼積基壇ありと周辺は平城宮の中でも超一級の遺構が盛り沢山。わずかに調査区がかかっている部分を見ると、南北に流下する溝にはさまれた部分に、築地塀と礎石建物の存在が知られています。何があるんだろう。楽しみだなあ。
投稿者 あかねだ : 22:08 | コメント (2) | トラックバック
2006年07月30日
20060730 新型レーダ@平城宮

ta-niiyanさんと一緒に鹿児島で探査をされていたKさんが、東北への帰途、寄って下さる、ということで、平城宮へ。
何でも、新型のレーダの実験をしたい、とのこと。大歓迎です。
で、これまた定番の東大溝SD2700へ。
この溝、「キチ●イ溝」などと呼ばれている、恐ろしい溝なのであります。
遺物量莫大、しかも、変な物は大体ここから出る、という。
場所柄、内裏・宮内省・造酒司が付近に存在する場所で、まあ、そういうところなんですが、ちょっと掘ると、たちまち遺物箱の山が整理室一杯に積みあがり、仕事が麻痺するという魅惑の、いわく付きの溝なのでありました。
探査の試験は、伝統的に何故かここが多い。
で、午前中、ちょこっと実際に作業。
昼食後、まだ整理できていない研究室へ。雑談に混ざってなんだかんだと有意義な話。現場をよく知る達人の話は、やはり面白いなあ。
成果期待しています>kさん、ta-niiyanさん。
投稿者 あかねだ : 23:17 | コメント (4) | トラックバック
2006年07月25日
20060724 GEOPHYSICS FOR LANDSCAPE ARCHAEOLOGY
renesさんのmarginBlogで紹介されていたFOSSの活用の話が、私の頭をずっと廻り続けているのですが、ここで出てくるSiena大学はGISだけでなく、遺跡探査も積極的に普及を図っているようです。
で、探査のサマースクールに講師として招待された西村さんに今日は色々お話をお聞きしました。御土産はローマ皇帝の絵入り定規。ありがとうございます。
やはり、という話、それで大丈夫なの?まずんじゃないの?という話、色々ありましたが、データの取り方、効率的な方法への模索という点で、興味深い実例を写真や動画と共に知る事ができました。同じようなことは考えているのですが、日本で通用するか、研究室の周りに広がるフィールドで試していこう。
にしても、英語が充分話せたらなあー。
まずは、そこからですか、ね。
投稿者 あかねだ : 00:40 | コメント (4) | トラックバック
2006年07月05日
20060704 蚊の猛攻
月曜・火曜は大阪府島本町へ。
関西人にまで何処?って言われるけど、高槻市の北、京都府との境だす!
知る人ぞ知る鈴谷瓦窯があります。
昭和29年に調査がおこなわれて、2基の立派な窯が知られています。
隣接する東大寺、という地名もよろしく、奈良時代の東大寺所用瓦の生産地と言われております。
「日本の考古学」で藤沢先生がその図版を載せていらっしゃるそうです(未確認・・・てか、どこいったんだろ・・・2セット持ってるはずだけど)。
はい、上6行最近知った知識(恥)。
最近の隣接地の調査で瓦と共に出た土器を見る限り、東大寺があの金光明四天王護国之寺の元締めのお寺だとすると(長いっての)、それはない。と思います。少なくとも土器はもっと古い。
で、周辺が宅地開発にかかるので、場所がようわからないこれらを探そう、というのが、今回のお題です。
先月現地を見に行くと、現地は住宅地の中。背の高さの杭が打ち込まれ、崖面は竹薮。地表は空き缶はじめゴミが・・・。
磁気探査は絶対無理。
という訳で、取り出しますは地中レーダ。
窯の様子からいって多分これで・・・とセッティング。
さて、竹薮は・・・おお、切ってもらっている!
根元より大分上で。
・・・。
で、まずはのこぎりで竹退治。
激しく前後。
ん?
腕に黒い点が一杯。
ぎゃー。
モスキートです。
多分、彼らにとってはまたとないチャンス。動いてようが、一発で数匹の仲間が撃墜されようが、挑んできます。
もう、全身虫刺され。
恐るべし。ってか、痒い。
投稿者 あかねだ : 23:47 | コメント (4) | トラックバック
2006年06月08日
20060607 遺跡探査研究会2日目
2日目!
しかし、暑い。
今日は室内だからまあいいか。
昨日取得したデータの処理方法や、後処理の色々を実際に教えて頂きながら、皆でカチカチ。
結果は・・・予定通りのところと、もう少し突っ込みたいところがありました。アンテナの周波数等が異なるデータを比較しながら、もう少し考えてみよう。
参加された人から、実際の作業のイメージがつかめた、と喜んでもらえたのが収穫かな。やはり、我々のメインフィールドは大和盆地。現場の問題や希望にどのように協力できるのか、が課題の私としては、一番ありがたい言葉でした。どうせ研究するなら面白いことしましょう。
皆様ありがとうございました。
投稿者 あかねだ : 00:13 | コメント (1) | トラックバック
2006年06月07日
20060606 遺跡探査研究会1日目
今日は遺跡探査研究会。
所内、近隣、そして遠方の研究者の皆さんに集まっていただきました。

ポスター貼って。

午前中は探査手法の説明&地中レーダの原理と問題点の解説。

午後は実際のフィールドでの実験。
こういうものは、実際に体験しないと理解できないものですよね。
まずは、RTK-GPSで探査範囲を設定。日々使っている都城調査部の諸氏は手馴れたもの。

周波数を変えたアンテナで走査。さて、どうなることやら。
解析は2日目に皆でじっくり。
実際の探査は2時過ぎにはじまり、4時過ぎまで。GPS&休みも入れて2時間程度。76×25mの範囲。やはり、平坦地は速いなあ。アンテナ持つ人も交代しながら、和気藹々と作業。真夏の日差しの下、皆さんやはり現場の方が活き活き見えますね(笑)。
夜は西大寺駅近くで懇親会。探査のこと、食べ物のこと、祭りのこと、なんだかんだと話に花が咲く。その後OさんとKさんと梯子。大和盆地でも面白いことをしようと盛り上がる。朦朧とする意識の中でそれぞれの立場の強みと弱みを考えた協力をどんどんしていこうと多分話したはず。いい感じだなあ。泥酔して帰宅。ばたり。
投稿者 あかねだ : 06:52 | コメント (7) | トラックバック
2006年06月04日
20060604 準備準備
一日速く沖縄から復帰したので、沖縄でしようと思っていた某サイトの改造は結局サボってしまった・・・。
明日から、第二ラウンド。
今度は探査学会に来た人&奈良県内の研究者でちょっとした研究会を開こうという企画が・・・。
本当の意味で忙しいかも。
琉球の(特に夜の)熱気をどこまで持ち込めるのか(笑)。
まずは、ちょっとした資料を作るべな。
投稿者 あかねだ : 21:59 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月02日
20060602 勉強になりました
いよいよ本番。流石にまずいので朝早くおきてプレゼンのチェック。
で、会場へ。
午後に「備前寒風窯跡における物理探査と発掘調査」と題して報告。
もう少し突っ込んだ話もしたかったのですが、パソコン到着待ちで消化不良でした。
ポスターセッション「長岡京市恵解山古墳における地中レーダ探査」とあわせて成果の報告。
ta-niiyanさんはじめ東工大勢の発表はとても興味深いものでした。特に磁気探査のランダム誤差については非常に面白いなあ。確かにばてるので・・・。
後でNIIのMさんとも話したのですが、今回発表されたような補正や迅速な測位技術との連動を進めることが、普及につながると思います。
秋田大、兵庫県立大、九大の方々の成果も、非常に面白く拝聴しました。
考古系と物理系(でいいんでしょか?)の発表の違いもとても面白く感じました。
私の勉強不足は否めないな・・・。
主催で奮闘された琉球大&沖国大の方々もお疲れ様でした!
という訳で、今日はいい頭の疲労。やはりこれは飲まないと(←それかよ)。
投稿者 あかねだ : 18:09 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月11日
20051210 奈良へ大返し
綾羅木郷遺跡でレーダー探査。
昼過ぎに下関に別れを告げました。
休みにも対応していただき、下関の皆様ありがとうございました。
中国道を通って奈良へ。夜11時過ぎに到着しました。
投稿者 あかねだ : 21:01 | コメント (0) | トラックバック
20051109 くじらの日
今日は仁馬山で電気探査。寒いっ!
9が付く日で博物館横の食堂が「くじらの日」。
くじらなんて、給食にちょっと出た程度であまり食べたことないぞ。
特にぬたがおいしかったです。
今日で終わりの予定でしたが、話が盛り上がって綾羅木郷遺跡の弥生時代の大型貯蔵穴を明日探査することに。
投稿者 あかねだ : 20:49 | コメント (0) | トラックバック
20051208 仁馬山古墳にて

今日は国史跡仁馬山古墳に挑戦。
前方部に比べて後円部が高い典型的な前期古墳です。
GPRで主体部を探ります。

周辺の古墳も含めて探査をおこないました。

探査後、長門鋳銭所跡へ。個人的にはこちらの方が興味あります。地形や景観を知ることが出来ました。
夜は韓国料理屋さんへ。おいしい焼肉が食べることが出来て幸せ幸せ。
投稿者 あかねだ : 20:29 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月01日
20051201 朝集殿院探査リベンジ
昨日夜鹿児島から帰宅して、研究所に。データの吸い上げと保存をしてから帰宅してバタンキュー。
朝起きて平城調査部へ。
本当は月曜日に約束していたGPR探査を遅ればせながら開始。
金曜の予定だったのが、祖母の告別式へ行くので、急遽今日することに。
朝から平城宮東朝集殿(唐招提寺講堂として唯一現存する平城宮の建物)を発掘が進んだ段階でもう一度探査。それから、対応する西朝集殿へ。終わる頃には既に夜。
只今、カタカタデータの吸い上げの音を聞きながら、このブログ打っています。
投稿者 あかねだ : 23:48 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月17日
20051117 中国大陸の遺跡探査
現在我が職場に来ている中国社会科学院考古研究所の研究者の講演がありました。楽しみに参加。磁気探査が中心の発表でした。
現在の物理探査は勿論の事、伝統的なボーリングによる探査も興味深く聞きました。あのボーリングの道具、洛陽鏟って言うんですね。盗掘道具だったとか。なるほどね。
そういえば8年前、遼寧省でその道具と調査の現場をみたことがありました。
現場の作業事務所となっていた小屋で当時副所長だった張先生にGPSとGPRのことを聞かれて、前者はDGPSやCAコード(今はないですね)について解説をし、後者はようわかりませんが多分出来ますよ・・・研究をしている人に聞いてください。と半端な返事をしたのを憶えています。
まさか、自分が探査をするようになるとは・・・。今なら、もう少しましな返事が出来たと思うのですが、張先生は既に天国へ旅立たれてしまった後でした。残念です。
投稿者 あかねだ : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月04日
20051102 備前の生産地を探る

昨年度に続いて、瀬戸内市の寒風窯跡の探査をおこないました。
『延喜式』で須恵器の貢納国となっている備前国の代表的な窯跡です。
探査で一番してみたいと思っていたことは、まさにこの生産地の探査なのです。
宮都での研究を進めれば進めるほど、須恵器の地域差が無視できないことが明らかになってきました。
しかも、従来想定された単純なずれだけではないのでは、という点も明らかになりつつあります。
じゃあ、どうなるのさ、という点ですが、やはり、各生産地の様相を明らかにしていく作業がより重要になっていくと思います。
私達は生産地の区分を「群別」と呼んで分類を進めていますが、西日本の生産地はほとんど明らかに出来ていません。どうにかそれを明らかにしていきたい、そう考えています。
その前提となる作業として、生産地の調査は不可欠です。
探査だけでなく、考古学の基礎を再構築する研究を様々な地域の研究者と連携していきたいと思っています。
投稿者 あかねだ : 23:53 | コメント (0) | トラックバック
2005年10月18日
20051013 平城宮探査

本当は火曜日の予定だったのですが、雨が多い日が続き、延び延びになっていたGPRによる探査を平城宮でおこないました。この後、発掘がおこなわれて、比較が可能になります。
平地ですので、歩きやすいのだけれども、地面の湿りが気になるところ。
そこそこ苦戦して何とか終了。お疲れ様でした。
そういえば、初めて遺跡探査に参加したのは、阿弥陀浄土院の苑池の調査でした。その時の結果は、とても印象的でした。本来、どんどん遺跡調査に使われてしかるべき方法の筈。でも、先行きはまだあまり明るくないかもしれません。どんどん明るくしていきたいですね。
「子供のおもちゃ」と評されてきたGISも研究に浸透してきました。90年代に職場の先輩の森本さんが書かれていたような過度の期待が出てきたりと少し海の向こうのたどった道を追いかける傾向にあるのが問題ですが、GPSと混同されていた時代から考えるといい方向に向いていると思います。探査はそれに比べると成熟した観がありますが、技術的な向上とあわせて、実際の運用についてもっと検討が必要だと思います。
色々な視点から遺跡を見ること。発掘という最終手段に至るまでに出来るだけのことはすること。宮都というフィールドを対象にそういう試行錯誤をおこなって、国民の皆様や文化財行政に還元すること、が使命の人間としては、どんどんこういう試みをしていきたいと思います。
ただ、またメインの勉強がおろそかになる気がするな・・・。なんとかしよう。
2005年09月01日
20050830 平城宮探査

新しい磁気探査装置のテストと比較の情報を得るために平城宮で探査をおこないました。
借用期間が月末とのことで、駆け込み実験(大汗)。
今回探査の対象とした部分は東区朝堂院地区と東院地区の間の部分で、周辺での調査が進んでいないところです。ただ、距離はありますが北側の調査では平城宮の基幹排水路のひとつ、東大溝SD2700の存在が確認されており、直線的に南下すれば、このあたりを通るであろう、という位置に当たります。
※この溝、遺物の宝庫で、北側の調査で多量の遺物が出てしまい、遺物の洗浄と注記だけであっぷあっぷだったといういわくつきの溝です。研究員からは「キチガイ溝」等と呼ばれる位の怖い遺構です。
午前中はACCUのNさん、京大学生のSさんという恵解山以来の定番メンバーで地中レーダーを。溝の存在が確認できそうです。
今日はGPSが動いているので、RTKGPSで測量を・・・と思っていたのですが、レーダーが一段落したところで雨が・・・。基地局の機器が水没するのが怖いので、中止。
午後はNさんは事務所に戻られ、入れ替わって㈱O地質のMさんが参加。現場に戻ると、しとしとと雨が。車の中で待機しながら様子を見ます。
「できそうですよね」
「もう少ししたら止むかも」
「あ、生駒山が見え出しましたね」
「もうちょいね」
・・・なんて言っている間に時間が経過・・・。
「小雨だし、メジャーだけはり直しますか」
とりあえず、合羽着て外へ。
【土砂降り】
タイミング最悪。
車に逃げ帰って、また様子を観察。
「雨、今度こそはあがるでしょう!」
で、2種類のフラックスゲート型磁力計で探査を開始。何とか終わらせて時計を見ると17:30。
確か、宮内の道路は17:30で入り口を閉められるんじゃ・・・。
がーん。
何とか、抜け出せたけど忘れてました(ーー;)。平城離れて時間経ってるからね。
Sさんは我が家に宿泊いただいて、紅茶や中国茶を飲みつつ考古学の話やら、大学の話やらに興じて気付くとAM3:00。慌てて就寝。
投稿者 あかねだ : 17:47
2005年07月24日
恵解山探査2日目
今日も恵解山古墳の探査です。
恵解山古墳は京都府長岡京市にある前方後円墳で、乙訓地域の古墳時代中期を代表する120m程の前方後円墳です。
前方部の発掘で副葬品埋納施設が調査され、多量の鉄器が出土しています。近年の発掘調査では、くびれ部の造出の存在が明らかになり、整備活用計画の策定が進められています。
えーっと、昨日忘れてたんで概要まで。
今回は、両側のくびれ部、前方部東側、後円部と探査をする予定にしました。
今日からは古墳マスター高橋さんも参加。
昨日の結果から、どうやらアンテナの周波数を下げた方がいいかも、ということで今日は200MHzの大型アンテナ出陣と相成りました。
仕事早~♪
予想をはるかに上回るスピードで作業終了。
途中、差し入れのアイス一気食いして胃痙攣起こしてみた位で(生まれて初めて)、後は何の問題もなく終了。後は結果の分析が楽しみです。
明日までの予定でしたが、全て終えて撤収。夕方からは楽しい飲み会になりました。凄いボリュームで、折角の料理を食べ切れなかったのが残念。
Sさん、楽しんでもらえたかな?またお手伝いくださいね。
参加された皆様、お疲れ様でした。
投稿者 あかねだ : 00:23
2005年07月22日
恵解山古墳探査
朝から平城の庁舎で荷物の積み込み。今日は長岡京市の恵解山古墳の探査に参加。史跡整備の資料のために情報を得よう、というのが目的です。
大体、なんでオマエが遺跡探査しているんだよ、という突っ込みを関係各方面から受けるのですが、色々ありまして・・・。須恵器の窯見つけたい、というとても無邪気な理由から、とっても書けない大人な理由まで。関係各方面の皆様、是非助けてやってください(祈)。
さて、昼に京大の新入生のSさんと待ち合わせ。考古学がやりたくて来た、という才媛です。初の遺跡調査ということで、緊張と期待が伝わってきて、ああ、昔はこんなだったかもなあ。とくたびれたおじさんは思うのでありました。
午後から作業開始。大先輩で探査のエキスパートのACCUのNさん、長岡京市のYさん、Nさん達と作業をしますが。
手際いい~♪
流石、遺跡調査の達人の皆様ですね。
対象範囲がグラウンドということもあって、さくさくと予定を終えて作業終了となりました。
暑い中、御苦労様でした。明日も頑張りましょう。
投稿者 あかねだ : 22:05