« 20060122 水を待つ卵 | メイン | 20060212 只今校正中 »
2006年02月12日
20060212 姫路城と文化財研究所
えらいさぼってしまいました。
死んでる、説も某所では流れたと情報が。
・・・んな訳ないでしょ。
現場が大変だ説も。
・・・いや、普通です。
本当は、マニュアルのことについて書こう、と思っていたのですが、なんとなくそのままにしてしまいました。今後のことを考えると、大切なことと思いますが、またの機会に考えようと思います。
ところで、昨今の耐震強度問題のお陰ではないのでしょうが、こんな記事が。
あらあ。
姫路城といえば、白鷺城ともいわれる美しいお城ですね。国宝の中でもよく知られていて、国の内外問わず、注目が高い文化財です。世界遺産なぞにもなっております。
1956年(昭和31)年から8年の年月をかけて、昭和の大修理が天守閣を対象におこなわれ、維持管理がなされてきました。
実は、姫路城の大修理と奈文研の発掘調査は非常に強い関わりがあります。
そもそも、奈文研は南都七大寺及び奈良・京都の社寺を中心とする調査研究を課題として美術工芸、建造物、歴史の3研究室からなる組織だったのですよね。考古は歴史の研究室の中に入っていた、とても少数派だったのです。
が、姫路城の修理の後、考古部門が発展していきます。そして、自治体も・・・。
ある意味、現在の埋蔵文化財行政の方向性を決めたのはこの時だったのでは、と新人の頃T所長にそんな話を聞いて思ったことがあります。
そういえば、amuroさんのところで、凄い難しそうな採用試験問題の草案が出ていましたね(笑)。
私が意地悪な試験するなら「発掘調査および埋蔵文化財行政における建築史の果たした役割について法隆寺、姫路城の実例を用いて述べよ」かな。
・・・あ、自分もまずいな。入所してから知ったこと多いし。
でも、考古学で「当たり前」になっている調査方法のいくつかが建築史からやってきている、ということが忘れられ、建築史の研究者の考えた狙いを無視して教条的に形骸化した方法を繰り返すだけになっている「お馬鹿な」状況はやはりまずいと思うのです。
投稿者 あかねだ : 2006年02月12日 16:44
コメント
これは、あまりにもマニアック過ぎ・・・学卒では荷が重すぎます(^^
投稿者 あむろ : 2006年02月12日 17:41
ちゃんと書けないッス。建築史,これから学びます。
投稿者 やまひろ : 2006年02月12日 20:07
大工さんの遣り方のやり方とか学ばんとね。
投稿者 okayasu : 2006年02月13日 21:51
そういや、遣方測量ってまだやっている自治体あるのでしょうかね?
一昔前まで、奈文研の調査の象徴ともいえる方法でしたが・・・。今やっているところあったらある意味文化財かも。
投稿者 あかねだ : 2006年02月15日 12:43
コメントしてください
サイン・インを確認しました、 さん。コメントしてください。 (サイン・アウト)
(いままで、ここでコメントしたとがないときは、コメントを表示する前にこのウェブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)