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2005年10月05日
20051006 朝鮮半島と三燕
只今、三燕関係の勉強中。
中国大陸の諸王朝は強大になると周辺部分が弱体化する。分裂すると局地での力は高まる。
当たり前のことかな。
魏は242年、高句麗の中心であった丸都城(今の集安)を攻略し、東方に勢力をのばしました。有名な 『三国志』魏書烏丸・鮮卑・東夷伝はその情勢下で得られた情報をもとにしたと考えられています。
『三国志』の最終的な勝者である西晋が大陸を統一していた313年、楽浪・帯方の二郡に拠って高句麗の進出と対峙していた王遵と張統は耐えかねて鮮卑の慕容氏に降り、その支配は失われます。
晋は八王の乱の混乱の後、南で東晋が建国され、五胡十六国時代が到来します。慕容皇光(皇光で一字)が前燕を建てると342年、丸都城を攻め落とし、故国原王は前燕に臣従します。
後に強大な力を誇った隋は高句麗遠征の失敗を遠因として滅亡し、唐は新羅との連携によって高句麗を滅亡させることに成功しました。
朝鮮半島を経由した文化の流入や接触を考える上で、高句麗と三燕諸国との関係はやはり無視できないですね。
強大な国家、とかいうけれども、強弱はどのレベルで捉えるかで変わるものかもしれません。
研究も似ているかも。全てを網羅する壮大な議論には個別部分の論証に弱く、個別対象に特化した議論は視点を見失いがちになる。むう、難しい。
と、現状余計なことを考えてしまうのは、やはりどこかに逃避したいからなのか・・・。
投稿者 あかねだ : 2005年10月05日 22:51
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