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2005年09月09日

20050909 道具はそれ以上でもそれ以下でもない

 興味深い実験がはじまっています。鋤柄先生は最先端の研究実践を進められている先生です。
 以前、縁あってお会いした時にお話させていただいて、共感するところが多く、それ以来、お世話になっています。今活躍されている中で、尊敬する考古学研究者の一人です。尊敬なんてそんなに気軽に使う気はないのですが、語彙力不足もあって、こうとしか表現できません。すみません。
 そういえば、尊敬できるもう一人の研究者、私の憧れでもある京都市のHさんもTVに出てましたね賀陽院の池ですか。行かなきゃ。

 「え?3Dレーザースキャナなんて今更・・・」なんて方。そうではなくて。
 考古学として何が重要か、を意識して活用することをもっと考えないと。
 高い機械と技術者さん連れてきてやってもらうだけじゃ、意味がないですよ。

 遺跡の測量にしたって、遺物の実測にしたって、なんで、一々考古学研究者がしないといけないのか。

 それは、情報を共有する、という目的とあわせて観察者の知覚できた情報を取り入れるためでしょう。

 でも、手段に流されて本来大切にしないといけないものが置き去りにされているような気がします。
精度と効率の悪い手段を使い続ける、とか、逆に必要のない精度にこだわる、とか。
 「そのもの」をとらえるだけでよければ、考古屋がするよりもその道のプロに任せたほうが効率もいいし、ある意味正確です。でも、それだけでない情報を認識し、付け加えるために測量なり実測といった行為が必要になってくると思うのですよ。
 「その道のプロ」の方の成果に、少なからず不満をもってしまうのは、その点で、それは当然考古側が補うか、相手と互いの理解を進めないといけない。

 勿論、既存の方法のみに固執することなく、新しい挑戦も必要ですが、この場合、手段としてだけでなく、それを使ってどのように歴史を考えていくか、というところまで考える必要がありますね。

 学際的、なんて既に手垢のつきまくった単語になってしまいましたが、もう一度考えないと。

 そもそも、それの旗振りをするべき存在は・・・。文化財の場合、どこだったっけ(ー◇ー;)。

 今日は似たような話を首脳陣に。その前に仕事しろよ、と思われたかも。確かに口だけではね・・・。でも、現状では手段もないので、ちょっとずつやっていくしかないですね。はあ。考えただけで気が重くなってきた(<よくない態度)。寝よ。

投稿者 あかねだ : 2005年09月09日 18:17